「あなたがた白人は、たくさんのものを発達させてニューギニアに持ち込んだが、私たちニューギニア人には自分たちのものといえるものがほとんどない。それはなぜか?」
著者はニューギニアの青年であるヤリにこう聞かれ、当時答えられなかったという。その答えは一体何だろうか。そしてこの答えを探るというのが本書の目的です。
本書を通して感じたのは、自分は歴史学という物を誤解していたということです。人類史というのは、研究室では実験できないし、野外で再現することもできず、事実から推測するという方法でしか研究できない。そういった観点から、理系、とりわけ物理や化学をやっている研究者から蔑視される傾向にあると、本書でも言及されていますが、まさに、本書を読む前の自分がそうでした。読書ブログなんぞやっていて、いまさら生粋の理系とは言いませんが、基本的に文系学問は苦手だったし、学校で学んだ歴史なんて退屈以外の何物にも感じていませんでした。
プロローグにおいて著者は本書での主張をコンパクトにまとめています。
「歴史は、異なる人びとによって異なる経路をたどったが、それは、人びとのおかれた環境の差異によるものであって、人々の生物学的な差異によるものではない。」
本書を読んで、この感想を書く際に、この主張をもう一回読んで、なんだか胸が熱くなってきました。人によっては、何を当たり前のことを言っているんだ、と思う人も多いと思いますが、この点に関しては多くの人びとが、今現在の発展は人種の違いによるものだと考えてしまっています。著者は、それは間違いであり、すべての原因はたまたまそこに住んでいた人を囲む周りの環境が、のちの発展の決定的要因であると言っています。例えば、農業の発展は植物が育つ環境がなければ成り立たないし、家畜動物もはじめに飼育されるのは、野生種が存在している場所です。
さらに、南北アメリカやアフリカよりも、ユーラシア大陸が、より早い時期に発展した理由が、その大陸が縦長か、横長かが関係しているというのです。はじめは、え?と思いましたが、東西に横長のユーラシアの場合、日長時間や気候の関係が、同じ緯度だと近いため、農作物の技術が応用なしで伝わりやすかった。それによって、ユーラシアの方がより早く技術が伝搬し、それがより早い発展にもつながったと結論付けられています。
他にも、エジプト人は白人というカテゴリだったこととか、一時期(江戸時代より前)日本人は最先端の銃を保持するまでに、至っていたというところで、ちっぽけな愛国心がくすぐられたとか、人による虐殺よりも病原菌による人口の減少の方が大きく影響していたこととか、ライオンバーガーが実はうまいこととか、いろいろ書きたかったけど、くどいし長くなったので省略。(余り省略になってない。
これらの説を読んでいて、歴史学ってまさに科学そのものじゃないか、と感じそれを軸にこの記事を書こうと思いながら読んでいたところ、最後のエピローグで、“科学としての人類史”という副題が付いていて、そこで、著者は人種主義の誤解を解くという目的だけでなく、歴史学という学問のイメージの誤解までも解いてくれました。
歴史についての本なんてそんなに読んだこともなかったし、ついでにいうと多かれ少なかれ偏見を持っていた自分にとってこの本は、読んでいて面白いだけでなく、人類について知らないことをたくさん教えてくれました。とても厚いし、読むのも時間がかかるけど超お勧めです。
ちなみに、本書を知ったきっかけは、“朝日新聞のゼロ年代の50冊 2000年~2009年に刊行された全ての本の第1位のに選定された名著。”という形でです。この記事が載っている日にたまたま新聞読んでいてよかったと思います。
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